カウンセラー的フリーランス日記@中川 康文

北九州地方に住むフリーランス。話を聴く人。中学生、高校生、大学生のやりたいことを聴きに行く「創業機運醸成事業」を始めとして、防災、街づくり、引きこもり支援、博物館、地域イベント、句会、古代史研究会などで活動中。昔のことは→ https://works.toiroha.jp/500

修行を続けよう

半年ぶりくらいに、はてなブログに戻ってきました。1年に1度くらいしか更新していないのに、それなりに読んでいただいているみたいで、ありがたい限りです。

以前書いた、受験前の記事が読まれているようです。誰かがシェアしてくれたのかな。

yappyhappy.hatenablog.com

更新しないと広告が表示されてしまうので、読んでくれている方のためにも更新しないとですね。 

Twitterばかりやってて、短い言葉に甘えててもダメだなと思いますしね。Twitterはここでやってます。

twitter.com

で、はてなに来たのにはわけがありまして。

最近、答えが簡単には見つからないことを説明しなければならない場が多くなりました。例えば「防災×地域」「スポーツ×SDGs」「アートとは」「北九州における歴史と文化」「行政文章をイラストに起こす」ような。

2月頭までは、講座や案件が詰まっていてバタバタしていたのもあって、思考がフワフワしているというか、地に足がついてない感覚がずっとあったんですよ。

 

昨年の9月にこんな記事を書いてたんですけど、、この後、10月中旬に熱が2週間くらい下がらなくて、入院していたりもしました。今だったらコロナだって言われてただろうな。地元の公民館長をしていたりもして、キャパオーバーでした。本も読めず、映画も観れずでした。厄年だったしですね。

yappyhappy.hatenablog.com

 

2月に入ると、前述のような「考えて説明する」仕事が多くなってきまして。雑にごまかすこともできる気もしますが、自分の中で腑に落ちた自分の言葉で伝えることができなければクオリティが落ちるんですよ。今までは、やっていきながら感覚として会得してきたんですが、もうそういう歳でもないですからね。

とはいえ、毎日、毎日多くの人と会話をする機会があって、自分の中で新しい言葉や考え方が渦巻いているのもわかるんです。

 

そんなことを考えていたら、ふと気づいたんです。

自分の中で答えが出たことじゃなく、わからないものをわからないまま、そのわからないままを書いた言葉を残しておく場所が必要だ、って。その過程を文字に残すことで、思考が整理できればいい。できなくても、その過程は誰かにとっては面白いものになるかもしれないという、淡い期待も込めつつ。

もともと、修行として始めたこのブログです。毎日1,000字を200日続けるのが目的だったので、また修行を再開するには良いのかなと思っています。

刺激を受けたというものある

それから、詩太さんという人の個展に行ったんですよね。なんだか話したり、一緒に仕事をする機会もあって、もう5年くらいずっと絵や詩を見続けています。それで、今日見たらかなり変化をしていたというか、シンプルで優しくなっていた感じがしたんですよね。今までも優しかったんですけど。もっと本当の詩太さんが持っている優しさがでてきたような感じがしたんです。

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感想を伝えると、それでも「まだまだ自分は全然だ」という話をするんですよね。そうだよなって。僕も「まだまだ自分は全然」だなあと。そこからもいろんな話をして、「ちょっとずつ成長するしかないんですよね」という結論で終わったんです。そうだよなって。やっていくしかないんですよね。

僕の強みは、シンプルに説明できることだと思うので、修行を続けるしかないなと。やっぱり書いていくしかないなと。ある程度まとまったらnoteの方に書こうと思いますが、思考の過程はここに書くつもりです。ただの日記ですけどね。

コロナの影響で、関係するイベントなども中止になってきています。こんな時だからこそ、自分の整理に時間を使いたいと考えています。やっていきたいと思います。

 

追伸:noteはこんな感じでたまに書いてます。この記事を見た人から講座を頼まれたのは嬉しかったですね。

note.com

やっぱり何かしら書き続けたほうがいい

もう、一年くらい、はてなブログに来ていませんでした。でも、何かしら書いた方がいいと思い直したので、久しぶりにログイン。何もしないこのブログも結構読まれていたりするんです。ありがとうございます。というわけで雑感を。

 

書く理由 

2・3日前、風邪気味で頭がボーっとしていました。そのとき思ったのが「あ、なんかオーバーフローだな」ってこと。今、地元の公民館長をしたりとか、フリーになって丸3年くらいだったりとか、なかなか忙しい日々を送っています。で、やっと地元のビッグイベントが終わったと思ったら、ありがたいことに、自分が主導する仕事がたくさんあったんですよね。その中で、自分の考え方が大きく変化してきていることに気づきました。感情に囚われなくなってきたというか、ネガティブな言い方をすると感情の揺れにさく余裕がなくなってきたというか。

 

で、どんどん新しいことや仕組みを考えてしまうんだけど、それであふれてしまいそうになって。そんなとき、仲間がツイートしてくれた内容を思いだした。

 

 ああ、そうだなと思って。で、人にはそう言ってきたけど、自分は書いてなかったなと思って。これはいけないなと。

そして、最近話した人たちにも、みんな「書いたほうがいいよ」と思うんですよね。というわけでnoteとやらに書いていくことにしました。こんなのとか。いくつか。

 

「学校には行かなくてもいいけど、学び続けよう」

https://note.mu/yasu_nakagawa/n/n5b1068d4ee79

この辺は最近の記事。 だいぶ文体が違います。

 

今の自分が持っているコンテンツや考えを、どこかに置いていくというのは、成長においてとても大切なことのような気がします。出さないと新たなインプットはできません。

 

このブログを書き始めた理由 

ちなみに、このブログを始めたときのことを、少し書いておきます。ブログ講座に行って「どうせこの参加者の中からも50記事書き続ける奴はいない」って言われて、カチンとしたのが実際のきっかけです。よし、それなら毎日1000字、50記事書こう!と思ったんです。で、なんとなく100記事、150記事と続けることができました。「心理カウンセラー ブログ」で検索すると3番目に出てくるようになりました。

とはいえ、書けたのは日記に過ぎませんでした。読者の方に喜んでもらえたのはほんの数記事だと思います。しかし、その数記事が僕にとってかけがえのないものになったのです。書いたものが多くの人に喜んでもらえるということ。その時の僕には、それはかけがえのないものでした。

 

yappyhappy.hatenablog.com

例えばこの記事。これを読んで「こんなに気持ちをわかってくれる大人がいるんだ」って思って引きこもりを卒業した人がいるらしい。マジか?!って話ですけど。

 

yappyhappy.hatenablog.com

 あと、これ。検索からとてもたくさん読まれました。毎年その季節になると読まれているようです。

 

今は、嬉しさを力にして仕事をしたりはしていなのですが、フリーになる前後の僕を勇気づけてくれたのは、確実にこのとき読んでくれていた名前も知らない誰かです。自分のFacebookでシェアしたりもほとんどしていなかったので、知り合いはほとんど読んでくれていなかったはず。本当にありがたいことでした。

今読んでも、読まれる記事には理由があるんだなと思います。その感覚を手に入れたのも大きかったです。ニーズがなければ必要とされない。読み手の立場にならなければならない。そんなことを肌で実感できました。今、文章上でできているかと言われたらそうでもないのが、恥ずかしいところではありますが。とはいえ、今の僕にはこの文章は書けません。

 

そんなこんなで、何かしら書き続けたほうがいいなと、改めて思います。ちゃんと書いていこう。今の自分にしか語れないことを置いておこう。それを誰かが必要としてくれるかもしれない。喜ばれることを目的とするのではなく、貢献を目的とするのだ。

 

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創業機運醸成という言葉について、個人の立場から思うこと

 

創業機運醸成という言葉について

このブログでもちょくちょく書いていますが、僕は創生塾というところで事務局兼講師をしています。

 

コワーキングスペース秘密基地に集まるフリーランス同士が自分の体験や知恵を共有することで、新しい生き方や新しいビジネスにつなげるためのセミナーと言ったところです。

 

ビジネスセミナーでありながら、スキルよりも「在り方」を重視した内容のため、今、困っている人に対しての内容というより「何となく新しい人生を始めたい人」が対象という感じです。

 

その中でも、最近は「創業機運の醸成」というポジションで話をすることが多くなりました。

 

今までの日本は創業率(創業したいと考えた人に対して、実際に創業した人の割合)は、世界各国とあまり変わらないのですが、創業「者」は少ないのです。それは、そもそも「創業したいと考える人」が少ないという問題点があるからです。

 

僕もこんな人生でなければフリーランスの道を選んだりしていないのです。正社員であれば、会社に通うだけで、教育してもらうことができ、月額の給料が保証され、よっぽどのことがなければクビになることもないのです。会社に勤めていた頃がいろいろと懐かしい。

 

しかし、国として生産性を上げていくにはフリーランスや起業家の増加は必須と言えるでしょう。

 

企業側から見れば働き方改革なんて、社員をある意味(度合いは段階的かもだけど)リストラして、フリーランス下請けとして使う話に過ぎません。

 

あとは高齢者を働かせる話だったりするのかもしれないんですけど、僕らはそれよりもポジティブな文脈で語ることができるのです。

 

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創業のメリット。それは、収入の軸が複数あること

僕は4年で4つの会社が無くなるという(親会社から切られる、社長の自己破産、買収、代表の死去)体験をしたせいか、ひとつの会社に属して生きることの厳しさを体験しました。

 

その厳しさは、その瞬間に収入が無くなるということだけではありません。

 

僕を信じてわが社の商品を購入してくれていた人たちに仁義を通すという、とてもとても面倒な作業がそこにはあるのです。

 

「すみません、会社無くなってしまったので、すみません。何も保証できるものはありません。」って言ってしまえばよかったのでしょうが、それは僕が僕で無くなってしまうことだったので、つい、後始末してしまいました。それはとても厳しい状況でした。

 

今は少ないながらも、自分が働ける状況でさえあれば、どんな形でも飯を食っていくことができると思っています。それは本当にメリットだと言えるのです。収入はたいしてないんですけど。創業は悪くないです。

 

創業のメリット。それは、時間が自由になるということ

最近、西日本は豪雨に見舞われました。豪雨の朝、我が家ではうちの奥さんと言い合いになりました。

 

学校から休みの連絡が来ていないので学校に行かせるというのです。もちろん車で送っていくことを想定したのでしょうが、小さな子どもが豪雨の中出かけることになんの意味があるというのでしょうか。

 

でも、うちの奥さんは正社員として働いており、じゃあ誰が休んで面倒を見るというのか、という話になります。そんなときこそ、フリーランスの出番です。

 

フリーランスの僕は前日に、打ち合わせ予定だった得意先に延期を申し入れていたのです。子どもの命より大切な打ち合わせなど無いのです。

 

理由があっても会社に行けなければ、信用を失うようなところもあるかもしれません。しかしフリーランスが事前に連絡して打ち合わせを延期することで、信用を失うようなことはありません。創業はなかなか良いです。

 

では、創業機運醸成とは何か。

今まで書いたのは、創業の現実的な良さにすぎません。創業したいと考える人の背中を押すことはあっても、考えてもいない人の心に創業という選択肢を植えることは難しいと言えるのではないでしょう。

 

うちの奥さんにフリーランスの良さを語ったところで「何言ってんの?早く金持って帰ってこいよ」と罵られるだけにすぎません。創業の機運を醸成しているどころか、ネガティブなイメージさえ与える話かもしれませんね。

 

とはいえ、個人の立ち位置からだと、できることはこんなことくらいかもしれません。やはり創業機運を醸成するとなると、社会としての取り組みが大切になってきます。

 

しかし、本題に行くまでが長くなってしまったので、 次回、「創業機運について、社会の視点から真面目に考える」を書く予定です。

 

※関連リンク

 

 創生塾HP

https://www.souseijuku.com/

coworking802.com

七転八倒しながら、ソフトバンクホークスの試合を見に行った話(子育て編)

ヤフオクドームにソフトバンクホークスの試合を見に行った話。

しかし、子育てはなかなか簡単ではないなと思った。2000字。

 

先日とある大手航空会社さんから本日(4月19日)付けのチケットを2枚貰っていた。19日はたまたま子どもの家庭訪問で、自宅にいることが確定していた僕は子どもを野球に誘った。「ドームに行ったことがある」ということが小学生の世界では大切だと考えたのだ。しかし野球に興味のない息子(小1男子)は冷たい態度だったので、福岡市科学館で開催されている恐竜展をセットで提案したところ快諾を得た。担任が2~3時に来る予定だったので、自宅を15時に出て高速を走り16時に科学館。1時間見て17時半にはヤフオクドームに到着し、18時試合開始、観戦しながら食事を食べ19時には切り上げ、20時には自宅、20時半には就寝という完ぺきなストーリーを予定していた。(小1なので、中川家では20時半には完全消灯を目指しているのだ。)

それが昨日までの話。

 

で、今日。家庭訪問という響きに舞い上がった僕は浮かれて我が子の担任を待った。特筆すべきこともない面談を終えて14時50分。さあ福岡市方面にレッツゴー!と言いたいところだったが、子どもがどうしてもお菓子のラーメンを作りたいと言い出したのだ。これだ。

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「これは時間がかかるやつだ・・・!」と判断した僕は大人げなく子どもを脅しにかかった。久し振りのドームに行きたかったのだ。考えたら新日本プロレスで武藤がムタでメインをはってた頃からドームには行っていなかったのだ。この機会を逃すともう10年行かないかもしれない。「これ作ったら恐竜展には間に合わんけどいいんか?ならもう野球も行かれんよ。」すると泣き出す我が子。おそらく日頃の疲労もあってか、懐かしのイヤイヤ期っぽい号泣に突入する。ラーメン作りたいけど恐竜展にも行きたいという二律背反の中で泣き続ける我が子。「もう行かん!」というのでラーメンを作ることに。16時。

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かなり工数が多く、予想通りまあまあ時間がかかる。ケロッと泣き止んでラーメンを制作し、実食しご満悦な息子。

 

しかし、ここで夫婦の中で「子育て論」について疑義が呈される。「一度約束したことを違えて良いのであろうか。それはこの子の将来に良いのであろうか」と。男たるもの一度約束したことは守らねばならないのではないか。職業カウンセラーの私としては子どもに「べき」を植え付けることにとても抵抗があるのだが、これが彼女との約束だったらどうするのだ。確実に別れの危機だ。君との約束よりラーメンのほうが大事だ。なんて言えるはずもないだろう。親との約束だから破っても良いなんてことはない。珍しくそこに関しては一致したうちの奥さんと「恐竜展は無理だけど、やっぱり野球行こう」と投げかけたところ、号泣のターンが再来。部屋を飛び出して別の部屋で号泣。16時30分。

 

仕事のできる奥さんが話しに行ってくれた。漏れ聞こえる会話を聴くとどうやら野球を見に行くことになりそうだ。しかし姿を見せた息子はまだ泣いている。なんとか励まし、実際に行動に移せたのは17時10分。そこから、ものすごい白煙をまき散らすトラックを追い越しながら高速を走り、ドームについたのは18時20分。もう安い駐車場を探すことも面倒でドームの駐車場に停め2500円払う。引換券をチケットに変え、子どもの分を追加購入。追加で購入するなら外野自由席しかないとのことでそちらへ。18時40分着席。

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久し振りに来たドームは超デカイ。取り急ぎビール。我が子は「ポップコーンが食べたい、むしろ他のものは食べたくない」とのことで購入。それにしても、PCやスマホで疲れた目で外野席から観る野球は、厳しい。日頃、観客の少ないミクニワールドスタジアム北九州J3ギラヴァンツ北九州の試合ばかり見ている僕にとっては、選手の大きさは10分の1くらいに思えた。よそ見している間に銀次のホームランを見逃す始末。ポップコーンを食べ終えた我が子はつまんないオーラを全身から醸し出す。帰るか。19時30分。

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奥さんの運転で都市高に飛び乗り自宅へ向かう。しかし家族で1つのポップコーンしか食べていないので腹は減っている。田舎に住んでいるため、自宅の近くにはもはやジョイフルと言う選択肢しか残されていない。しょうがないジョイフルへ。20時30分。21時20分帰宅。ヘロヘロな息子を歯磨きし、お風呂を諦め、布団に連れていく。明日6時半に起床し子どもを風呂に入れないとなと思いながらも、ブログでも書くかと思い立つ。

 

いろいろ書かねばならない記事が本当に溜まっているので、雑記を書くのもリハビリだと思ってここまで書いた。2000字。師匠には1記事3000字で書くように言われたが、なかなか厳しい数字であることは間違いない。修行せねば。

 

子育てはなかなかに難しい。日々反省ばかりだ。ちなみに恐竜展には別の日程で行くことになってしまった。

 

追伸:「君との約束よりラーメンのほうが大事だ」って言葉。僕は似たセリフを実際に言ったことがあるような気がするので、どうやら親に似たらしいとしか言えない。その節は、誠に申し訳ございませんでした。

 

聴くチカラ・引き出すチカラ

仕事が落ち着いてきたので、ブログに戻ってこようと思います。一年ほとんど更新してなくても、2000PV/月もあります。有難い限りです。もはや塾やカウンセラーとしては働いていないので、感謝をこめてリニューアルしていきたいです。

 

北九州でカウンセリングスキルのセミナー開催

さて、3月31日朝10時半から、北九州のコワーキングスペース秘密基地というところで、「聴くチカラ・引き出すチカラ」という講座をやります。カウンセリングスキルを仕事に活かそう!という内容です。特にフリーで生きるには、コンサルティングスキルは欠かせません。簡単に講座の内容を言ってしまえば、「私が、あなたに、とっても興味があること」を伝える聴き方です。仕事だけでなく、友人や家族とのコミュニケーションにおいても、使えるテクニックだと思います。

いくつか、私が考える「聴く」について書いていきたいと思います。お付き合いください。

 

ビジネスの場面での「聴く」「引き出す」とは

長く営業の観点で多くの人と話をして分かりましたが、人は、自分自身が本当に求めていることに気づいていません。深い決めつけや思い込みの世界に生きています。

例えば、僕は昔、学習塾を運営していました。学習塾の目的は成績を上げること。当たり前ですよね。保護者も生徒にも大きなニーズです。

しかし、塾に来て、僕らと生徒が会話を重ねることで、安心や安全を感じ、そして楽しいという気持ちを持ってもらえたら、家族との会話が増えたり、その生徒自身も自分らしく生きることができるようになると思うのです。その結果、自ら学ぶようになれば、なお良いですよね。

生徒が自ら学ぶようになるためには、自分の中の深いところで腑に落ちる必要があります。それは「成績を上げたい」なんてちっぽけな気持ちでは無いのです。それは自分の夢だったり、家族を大切にしたいという気持ちだったり、誰かに負けたくないという気持ちだったりと様々ですが、そこが腑に落ちると生徒は主体的に学ぶようになるのです。

ここが「引き出す」なんです。ここを「聴く」んです。ここを話すことができるような空間を作るのが、僕の一番の仕事だったのです。もちろんそこまで深く関われたら、生徒は辞めません。成績も上がります。あなたは、仕事の上で、本当に「聴いて」いますか?

 

これからの社会人には「聴く」ことのベースが必要

すごく大雑把な意見になりますが、今の20代と話をしていると他人にそもそも興味が無いんだろうなと感じることも多いです。仕事をするということは誰かと関わることに他なりません。しかし深く「聴く」には、相手への興味を持つことが絶対条件です。相手のことならなんでも知りたいという姿勢こそが、正しい「聴く」姿勢なんです。良くそんな話をしていますが、今まで好きになった人もいない、ということも多くてなかなか難しいです。

 

使えるテクニックもひとつお伝えします。

みなさんは「ミラーリング」という技術を知っていますか?

会話の際に、鏡のように相手の動作に合わせることで、信頼関係を獲得していく手法です。とはいえやりすぎるとわざとらしくなって逆効果の場合も多いのです。

ここでオススメなのは、呼吸のリズムを合わせること。動作は手の動きや体の向きだけではないのです。本当にちょっとした動きを合わせていくだけで、「聴く」のクオリティは上がるのです。ぜひやってみてください。

 

講座は3月31日(土)朝10時半からです。

聴くチカラ・引きだすチカラ~仕事はいつも「聴く」ことから始まる~

↑ Facebookイベントですが。詳しくはこちらから。

 

ちなみに、以前の講座がeラーニングで見れます。メアドの登録だけで、無料です。

www.souseijuku.com

 

前回の講座時には、こんな記事も書きました。

 

yappyhappy.hatenablog.com

 

 

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心理カウンセラーという名称を捨てよう

「心理カウンセラーという名前を捨てよう」と私は思ってます。

 とある資格名でこのブログを運用していたのですが、その資格名を使うのはやめました。さようなら全〇連。

 ついでに心理カウンセラーという名称を使うのも止めようと考えています。私がカウンセラーであることは、疑いようもないのですが「心理」と冠につける必要もないかなと。このブログの更新も久しぶりなんですが、こういうこと書くならここがベストだと思うので、ちょっと書いてみますね。

 

①業界団体はそろそろマジで踏み込むところを考えよう

 このたび、LGBT検定というものができました。こういうやつ。

 まあ、そりゃ炎上するよね、という話です。LGBTの方々が仰る通りです。当団体のHPにも、全〇連が認めるプ(伏字)心理カウンセラーの認定相談機関なら有料で・・・などと香ばしい文章が並んでおり、流石にもう疲れてきたなと思うばかりです。

 基礎中の基礎をセミナーして「検定」という名のもとに集金していく。割と高額。いつのビジネスモデルだよって話で。15年前から何一つ成長できてないだろって。それ、誰の役に立つんだよ。

 これをどこか民間の会社が行うなら、まだしょうがないと思えるのです。「売上作るのに必死なんだろうな」と生温かく見つめることもできるのです。それを、なんで業界団体でやるの?って話です。うちも含めて、その業界団体に所属していたスクールがつぶれまくったことも知っているので経営が厳しいことは重々承知ですが、それはそのスクールの営業努力についての話です。団体のお偉方は、本当にこれで良かったのでしょうか。

 

②個別には素晴らしい方もたくさんいる

 尊敬するカウンセラーにLGBTの方もいらっしゃいますが、そちらの方まで叩かれる始末です。「いや、この人は関係ないだろう」と言ってあげたいですが、昔から全く関係なかったとは言いにくいわけです。でも個別に、今は関係なく素晴らしい活動をされている方もたくさんいらっしゃるのです。元全〇連であることは確かでも、今は袂を分かっているのなら、それで良しとしてあげてほしいのです。

 もし、まだピンクのバッジをつけている方がいらっしゃったら、そろそろ外しても良いのでは、と思うわけです。ここからがいろんな意味で本番だと思います。経営に困ったところを後で責めてもどうしようもないことになります。自己責任でお願いします、とか書くと怒られるのかな。

 もうカウンセラーたちは、自分で立った方がいい。自分で立った後、チームになるほうがいい。

 

③心理カウンセリングとは何を指しているのか

 チームということで、個人的な話になるんですけど、心理カウンセリングとスピリチュアル系の話も少し。先日カウンセラー仲間とイベントしたんです。

 「傾聴」メインでいこうね!ってコンセンサスとってたつもりだったんですが、始まったらいきなりスピリチュアル系全開だったんです。いや、別にスピ系でもいいんですよ。でもじゃあ、その前の話し合いはなんだったの?っていう話なだけで。まあ、スピ系だったら関わってなかったけど。

 その時、「ああ、みんな、ちゃんとした心理カウンセラーになりたくないんだろうな」と悲しく思ったんだけど、「ちゃんとした」って何だろうって考えてしまったんです。「ちゃんとした」の定義は兎も角、私がそれになりたいわけじゃなかったんです。

 私は、もう一歩を踏み出せない誰かに寄り添ったり、背中を押す人であれば良くて、もっと言えばその仕組みを作る人であれば良くて。それは「心理」カウンセラーという名前でなくても、いくらでもできるなと。そこに仕事はめちゃめちゃあるから。

 

おわり

そんなことがいくつか重なって、心理カウンセラーの「心理」という部分を捨てようと思ったのでした。僕は「聴くチカラ」を伝える人で十分です。

 

ちょっと重荷が取れたので、これからは、もっとくだらないことをどんどんブログに書いていこうっと。久しぶりにはてなブログに書いたけど、めっちゃ書きやすくていいな。

 

※いろいろあったけど、赤いパスタめっちゃ美味しかった。こちらの方に作っていただきましたよ。ぜひご一読を。

kikuchikara.hatenablog.com

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なんか未来が良くなると思う、ひとりごと

何かしらメンタルでプロとして飯を食ってる身として、人に自分の意見を押し付けたり、アドバイスしたりすることは、あまり良くないことだと思ってきた。

 

でも、最近、別にそれもいいんじゃないかと思うようになってきた。

 

そのへんは、あくまで手法の問題で、相手と自分を認めることができていないことが、むしろ課題だった。自分を愛することができていないのに、相手を愛することはできないという、今思えば、わりかし当たり前のことを知らなかっただけなのだ。他人のせいにするようでバツが悪いのだけれど、カウンセリングの学校では教えてもらわなかった。そして、もちろん自分に自信があるのかと言われればそうではない。自分を認めているわけでもない。

人のことを愛することはできるようになってきたかもしれない。でも他人に対して自信をもって接したり、他人を認めることができているわけでもない。とりあえず、たぶん、まだ今は。

 

自分の意見を言うことってとても大切だった。

「かもしれない」とか「私は、思う」なんて言葉は、ただの逃げでしかない場合も多くて、自分の立ち位置をはっきり宣言することとは大きく違う。自分の中の「こうあるべきだ!」という部分を、自らが選んだことが認識できてさえいれば、むしろ大きく宣言すべきことだろう。

話がほんのりずれるけど、Facebookで創生塾のイベントをシェアしたときに書いた、『本当は誰かがやったほうがいいけど、行政も民間もできてない部分がたくさんあると思うのです。』ってことはマジだと思ってて。

自分の立ち位置をはっきり宣言すると、その誰も手を付けていないゾーンに対して手を挙げることになるのではないか。誰だって心の奥底では「良くしたい」という思いを持ってる筈だから。

 

例えば僕は「教育を変えたい。そしたらなんか未来が良くなる気がする。うちの息子も幸せに生きれるような気がする。」といったふわっとした宣言だけして生きているのだが、その宣言だけでなんとなくつながりが増えてきたことを実感しているし。

 

ちなみに、そのシェアした『公と私』北九州創生塾の講座はこちら。

 

メンタルの使い方を伝えるプロ

そこにはメンタルのプロである必要なんてほとんどないんだよね。その意味で、カウンセラーとかメンタルトレーナーみたいな言葉はもう必要ないと思ってる。むしろ、メンタルのうまい使い方を伝えるプロ、くらいの立ち位置でいい感覚がある。これなら割と自信ある。中学生で結果を出してきているから。

実際のところ、じっくりオウム返しだけで傾聴するよりも、ぐっと深いところに手を入れたり、ダメなところはダメだと伝えたほうが、僕に話に来た人もその場はキツイかもしれないが、結局のところ本来の自分らしく生きていくような感じがある。(もちろん全ての人にそうするというわけではない。)

お金も貰わずに一回である程度いってしまうと自分のリピート顧客が減るという話もあるが、カウンセリングなんかに常態的にお金使わなくていいと思っているので、たぶん僕はそれでいいのだろう。その人たちと仲間としてチームになっていきたいし、別の仕事を一緒にしていきたいと思う。カウンセラーとして関わってしまうと、その後関われなくなってしまう感覚があって、それはとても悲しいことだったりするし。

 

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(6歳になった息子が撮影した鯉のぼり。もう父より上手だなあ。)

あとがき

というわけで、メンタルのうまい使い方を伝えるプロってことで、【メンタルコンサルタント】って割といい言葉だったなと思う。全心連と経産省が作ったやつ。【メンタルコンサル中川】とでも名乗ろうかな。語呂がいいので。コンビ名みたいだよね。

 

というようなことを、GW中、だらだら考えていたのでこちらのブログを更新してみました。子どもが3日に熱出してから大変だったんですよ~。休日診療病院で5時間かかったりして~(涙)と、誰に言うわけでもなく、言い訳。(了)