やっぱり何かしら書き続けたほうがいい
もう、一年くらい、はてなブログに来ていませんでした。でも、何かしら書いた方がいいと思い直したので、久しぶりにログイン。何もしないこのブログも結構読まれていたりするんです。ありがとうございます。というわけで雑感を。
書く理由
2・3日前、風邪気味で頭がボーっとしていました。そのとき思ったのが「あ、なんかオーバーフローだな」ってこと。今、地元の公民館長をしたりとか、フリーになって丸3年くらいだったりとか、なかなか忙しい日々を送っています。で、やっと地元のビッグイベントが終わったと思ったら、ありがたいことに、自分が主導する仕事がたくさんあったんですよね。その中で、自分の考え方が大きく変化してきていることに気づきました。感情に囚われなくなってきたというか、ネガティブな言い方をすると感情の揺れにさく余裕がなくなってきたというか。
で、どんどん新しいことや仕組みを考えてしまうんだけど、それであふれてしまいそうになって。そんなとき、仲間がツイートしてくれた内容を思いだした。
「こうやって話している間にも僕らは成長してしまうので、昔書いたことはもう自分には響かないかも。でも、それが響くステージってあるから、いつかの自分の為ではなく、今の自分みたいな誰かの為に書き残しておくんだよ」
— ほんよむひと (@hnymht) August 21, 2019
と中川さん @YappyHappy0712 が、言ってたのを勝手にシェア。
ああ、そうだなと思って。で、人にはそう言ってきたけど、自分は書いてなかったなと思って。これはいけないなと。
そして、最近話した人たちにも、みんな「書いたほうがいいよ」と思うんですよね。というわけでnoteとやらに書いていくことにしました。こんなのとか。いくつか。
「学校には行かなくてもいいけど、学び続けよう」
https://note.mu/yasu_nakagawa/n/n5b1068d4ee79
この辺は最近の記事。 だいぶ文体が違います。
今の自分が持っているコンテンツや考えを、どこかに置いていくというのは、成長においてとても大切なことのような気がします。出さないと新たなインプットはできません。
このブログを書き始めた理由
ちなみに、このブログを始めたときのことを、少し書いておきます。ブログ講座に行って「どうせこの参加者の中からも50記事書き続ける奴はいない」って言われて、カチンとしたのが実際のきっかけです。よし、それなら毎日1000字、50記事書こう!と思ったんです。で、なんとなく100記事、150記事と続けることができました。「心理カウンセラー ブログ」で検索すると3番目に出てくるようになりました。
とはいえ、書けたのは日記に過ぎませんでした。読者の方に喜んでもらえたのはほんの数記事だと思います。しかし、その数記事が僕にとってかけがえのないものになったのです。書いたものが多くの人に喜んでもらえるということ。その時の僕には、それはかけがえのないものでした。
例えばこの記事。これを読んで「こんなに気持ちをわかってくれる大人がいるんだ」って思って引きこもりを卒業した人がいるらしい。マジか?!って話ですけど。
あと、これ。検索からとてもたくさん読まれました。毎年その季節になると読まれているようです。
今は、嬉しさを力にして仕事をしたりはしていなのですが、フリーになる前後の僕を勇気づけてくれたのは、確実にこのとき読んでくれていた名前も知らない誰かです。自分のFacebookでシェアしたりもほとんどしていなかったので、知り合いはほとんど読んでくれていなかったはず。本当にありがたいことでした。
今読んでも、読まれる記事には理由があるんだなと思います。その感覚を手に入れたのも大きかったです。ニーズがなければ必要とされない。読み手の立場にならなければならない。そんなことを肌で実感できました。今、文章上でできているかと言われたらそうでもないのが、恥ずかしいところではありますが。とはいえ、今の僕にはこの文章は書けません。
そんなこんなで、何かしら書き続けたほうがいいなと、改めて思います。ちゃんと書いていこう。今の自分にしか語れないことを置いておこう。それを誰かが必要としてくれるかもしれない。喜ばれることを目的とするのではなく、貢献を目的とするのだ。