国語力アップ×メンタル強化=がっつり成績アップ術 プロフェッショナル心理カウンセラーYappyのブログ

プロフェッショナル心理カウンセラー&塾講師・家庭教師(国語・社会)Yappyの学力アップブログ

なんか未来が良くなると思う、ひとりごと

何かしらメンタルでプロとして飯を食ってる身として、人に自分の意見を押し付けたり、アドバイスしたりすることは、あまり良くないことだと思ってきた。

 

でも、最近、別にそれもいいんじゃないかと思うようになってきた。

 

そのへんは、あくまで手法の問題で、相手と自分を認めることができていないことが、むしろ課題だった。自分を愛することができていないのに、相手を愛することはできないという、今思えば、わりかし当たり前のことを知らなかっただけなのだ。他人のせいにするようでバツが悪いのだけれど、カウンセリングの学校では教えてもらわなかった。そして、もちろん自分に自信があるのかと言われればそうではない。自分を認めているわけでもない。

人のことを愛することはできるようになってきたかもしれない。でも他人に対して自信をもって接したり、他人を認めることができているわけでもない。とりあえず、たぶん、まだ今は。

 

自分の意見を言うことってとても大切だった。

「かもしれない」とか「私は、思う」なんて言葉は、ただの逃げでしかない場合も多くて、自分の立ち位置をはっきり宣言することとは大きく違う。自分の中の「こうあるべきだ!」という部分を、自らが選んだことが認識できてさえいれば、むしろ大きく宣言すべきことだろう。

話がほんのりずれるけど、Facebookで創生塾のイベントをシェアしたときに書いた、『本当は誰かがやったほうがいいけど、行政も民間もできてない部分がたくさんあると思うのです。』ってことはマジだと思ってて。

自分の立ち位置をはっきり宣言すると、その誰も手を付けていないゾーンに対して手を挙げることになるのではないか。誰だって心の奥底では「良くしたい」という思いを持ってる筈だから。

 

例えば僕は「教育を変えたい。そしたらなんか未来が良くなる気がする。うちの息子も幸せに生きれるような気がする。」といったふわっとした宣言だけして生きているのだが、その宣言だけでなんとなくつながりが増えてきたことを実感しているし。

 

ちなみに、そのシェアした『公と私』北九州創生塾の講座はこちら。

 

メンタルの使い方を伝えるプロ

そこにはメンタルのプロである必要なんてほとんどないんだよね。その意味で、カウンセラーとかメンタルトレーナーみたいな言葉はもう必要ないと思ってる。むしろ、メンタルのうまい使い方を伝えるプロ、くらいの立ち位置でいい感覚がある。これなら割と自信ある。中学生で結果を出してきているから。

実際のところ、じっくりオウム返しだけで傾聴するよりも、ぐっと深いところに手を入れたり、ダメなところはダメだと伝えたほうが、僕に話に来た人もその場はキツイかもしれないが、結局のところ本来の自分らしく生きていくような感じがある。(もちろん全ての人にそうするというわけではない。)

お金も貰わずに一回である程度いってしまうと自分のリピート顧客が減るという話もあるが、カウンセリングなんかに常態的にお金使わなくていいと思っているので、たぶん僕はそれでいいのだろう。その人たちと仲間としてチームになっていきたいし、別の仕事を一緒にしていきたいと思う。カウンセラーとして関わってしまうと、その後関われなくなってしまう感覚があって、それはとても悲しいことだったりするし。

 

f:id:YappyHappy:20170508004616j:plain

(6歳になった息子が撮影した鯉のぼり。もう父より上手だなあ。)

あとがき

というわけで、メンタルのうまい使い方を伝えるプロってことで、【メンタルコンサルタント】って割といい言葉だったなと思う。全心連と経産省が作ったやつ。【メンタルコンサル中川】とでも名乗ろうかな。語呂がいいので。コンビ名みたいだよね。

 

というようなことを、GW中、だらだら考えていたのでこちらのブログを更新してみました。子どもが3日に熱出してから大変だったんですよ~。休日診療病院で5時間かかったりして~(涙)と、誰に言うわけでもなく、言い訳。(了)

セルフカウンセリングと瞑想は似てる

最近元気がでないので、たまにはブログで最近思うことでも書こうと考えたわけです。つらつら思うことを書きますが、愚痴みたいになるかも。

 

1、最近読まれている記事

高校受験も終わり、当ブログに来られる方もぐっと減りました。この記事だけで月1000くらい読まれてましたね。

 2年も前の記事が、めちゃめちゃ検索されて読まれるって、いいですね。このレベルで価値提供続けたら、これで飯が食えるんだろうな~。と思いつつ。

 

2、やりたくないことはやりたくない

最近、メンタル系の仕事が面倒なんですよね。心理カウンセラーとしてあるまじき発言だと思うんですけど、もう面倒なんですよね。人の話ならお金貰わずに聴くし、日々ファシリテーターみたいな感じで会議には参加してますし。

こう、なんというか、メンタル業界のお金至上主義みたいものに辟易してるわけですよ。正確に言うと、お金至上主義ならお金至上主義だと言ってほしいんですよね。受講生さんのためとか、クライエントのためとか言いながら、ほんとはそこじゃないんですよね。そのお金のための講座はもういいから、私はもっとレベルの高い授業をうけたいんですよ。その上級講座感がどんどん続いていくことが私の喜びだったんですよ。

 

そう言うとお金至上主義が嫌いなように聞こえてしまうかもしれませんが、お金大好きな人のことは好きなんですよね。表で言ってることと、裏で言ってることが違うのが好きじゃないんですよね。

 

3、お金払わなくても変わる人は変わる

そもそも「お金を払わないと変わらない」という意見を良く聞くけど、経験上お金払って何回もカウンセリングに来る人より、ちょっと話を聴いたりアドバイスした人が、大活躍するケースのほうが圧倒的に多いですよ。本当にやりたいことがある人は、ちょっとブロック外すだけで変わります。みんなどんどん変わっていきますよ。むしろこちらが取り残されていく感じがしてるくらいです。

なので「お金を払わないと」というのは業界がお金儲けのために言いだしたメンタルブロックだと思うわけです。なので、お金もらわなくてもカウンセリングやコーチングしてもいいと思っております。お金はただの道具ですからね。お金を使って幸せだと思う時代はもう終わりましたよね。

お金が欲しいならカウンセリングの時代ではないとはっきり言えます。もう時代は過ぎたのです。カウンセラー的にご飯を食べたいという若者には、大学にいって公認心理師の資格を取得することをおすすめします。

でも、カウンセリング的なスキルを持つことはとても大切なことだと思います。あなたなの価値は、カウンセリングスキルによって、もっともっと磨かれます。あなた自身の価値を磨くひとつの選択肢として、カウンセリングスキルがあると考えています。となると200万くらいかかるスクールは高すぎるよね。

 

4、できることとできないことがある

私、そこそこ幅広く、浅く広くできる、バランスタイプの人間です。でも、成功している人たちって「何かをやり続けることができる」人たちだなあ、と思ってしまうんですよね。自分はできないなあと。

知識の方向性もそこそこ幅広いので、いろんな人の話を聴くことができます。でも深さではその人に届かないことがほとんどです。何かに集中できる人が心からうらやましい。

塾で働いて、カウンセリングのスクールで働いて、やっとそういうのから自由になった!と思っていたんですが、今も教育関係のディレクションをしています。不思議です。結局、教育関係で生きていくんですかね。人に教えるとか恐れ多いですよね。

 

5、気が付けば目先のやりたいことが無い

でも、これだけいろいろやってるけど、自分が何かしたいのかわからないというのが、本当の問題点ですよね。私、何ができるんでしょうね。「忙しそうですね」とか「ご活躍ですね」とか言われることも多々ありますが、実際全然稼いでおりませんからね。今やってることは、目の前の人の話を聴き続けているだけですよ。ほぼ無料で。

「自分を認めよう」とか人には言いますが、自分自身がどの程度、自分自身を認めているのかわかりません。なんとなく「生きてはいけるだろう」という実感があるだけです。あとは「自分がいなくても、我が子が幸せに生きる(社会がある)」ってことですね。だからそこを作ろうとは本気で思っているわけで。

 

6、セルフカウンセリング

で、自分の考えることをつらつらまとめていくのは、ぶっちゃけ瞑想とか禅とかに繋がる話です。本筋ではない、でも、つい、頭に浮かんでしまうことを書くことで棚卸していく。一度考えてしまうと、脳はそこに囚われなくなる。その中で、どうしても頭に残ってしまうことが今の自分の課題。そこを理解するのがセルフカウンセリングですね。いつもはノートにしてるんだけど、今日はネットの海に投げ込んでみた。目の前に椅子があるような気持ちで、目の前にカウンセラーがいるような気持ちで書いてみた。

f:id:YappyHappy:20170317210709j:plain

そうして、少し緩んできたところで、

ゆっくり息を吸って、息を長く吐くのだ。

 

明日には、周りを見渡して、自分を受け入れて、勇気を出すことができるはず。

子どもに伝えたい日本語の話

 先日、辞書で有名な金田一一族の孫、金田一秀穂先生の講演会に行ってきました。

杏林大学:外国語学部:学びがわかるインタビュー:金田一秀穂(教授)インタビュー

こちらの先生ですね。このページのTOP画像にいきなり「さしみ=死んだ魚の生肉」って書いてあって、すでに笑いしかないです。

 

講演会はなんと無料。水巻町ったら太っ腹です。福岡県に移住する人に超オススメ。

水巻町ホームページ

 

講演テーマ「子どもに伝えたい日本語」

来ていたのは95%くらいおじい様おばあ様たち。30代が来ないといけない話なんじゃないの?さっき移住は水巻へ、って書いたけど、やっぱり自己責任で(笑)

とはいえ、講演会の内容はめっちゃ面白かった。ほぼほぼ漫談でしたし、今の私たちに共感するところも多かったです。

講演会全体としては、「子どもは子どもらしく好きなことに取り組めばいい」という話。もちろん、そうだすよね。

あんまり書くと怒られるかもしれないので、いくつかキーワード的なところだけを備忘録的に書きます。でも、きっと中学生にも、そのお母さんにも共感してもらえる話です。

 

子どもは敬語を使わないように

「敬語」って、我々大人にも難しいですよね。私、塾で長いこと国語を教えていましたが、自分が正しく使えていると思ったこともないです。

先生が仰ったのは「敬語には、敬語を使う人も上品であることを示す効果がある。」ということ。ただ、言葉を使うことでその人の、言ってみれば社会的位置みたいなものが、評価されていくというのは大切な視点ですよね。それなりの人はそれなりの言葉遣いをしますし、逆もまたしかりです。

子育ての視点から大切なのは「子どもには敬語なんか使わせなくていい。」ということ。5歳くらいの子どもが「お父さん、私にはトミカを買っていただく権利があります。どうぞよろしくお願いいたします。」とか言い出すと、気持ち悪いですよね。

大人は、自分がセレブであることや上品であることを見せたいときに、しっかり敬語を使えばいい。それもブランディングで、その価値観を子どもには押し付けないことが大切ですね。

 

基本的に親

子どもが「本を読まないんです」「勉強しないんです」という話を、実際私もたくさん聞いてきました。でも、本当のところは先生も言われてたんですが、「子どもが本を読まないのは親が読まないから」なんです。(もちろん当時の私には、それを口に出す勇気はありませんでしたが。)

親が楽しそうに読書を続けていたら、子どもは読みたくなるものです。さっと聴くと子どもが悪いみたいに言う親もたくさんいますが、それはあなたの子でしょ?ってことなんですね。

子どもに読ませたかったら、大人が楽しんで読もう!ってこと。そして、子どもに本を与えてほしいということ。本の形をしたものが家の中にあることが大切だそうです。

 

努力は報われない場合もあると知っておく

講演会の中で会場が一番驚いたのは「努力は無駄」だと先生がはっきり仰ったことでした。やりたくないことに対する努力は無駄だということで、好きなことはなるべく早く見つけてほしいというお話でした。でも、好きなことを全うすることができるのは「運が良かったから」だと。それは「努力」とは関係ないことだと。

いや、たぶん、10年後20年後の働き方を考えたとき、それは本当のことです。やりたくないことを、嫌々やって給料が貰えるほど、楽な世の中ではなくなることは間違いありません。

 

言葉は不自由。特に子どもは自分の気持ちをうまく伝えることができない。

「感謝や謝罪の気持ちを伝えるとき、言葉だけだと不十分に思いませんか?」言葉はデジタルなもの、表現できるものを表しています。でも、心の中にある本当のところを、微妙なニュアンスも含めて表現できるすることは難しいです。

さらに子どもはその言葉の絶対量が足りないので、自分の気持ちをうまく表現することができません。本当の気持ちを自分の言葉で表現できないというのは、けっこうイライラする話です。「だから、身体表現に頼ってしまう。」なるほどですね。表現できればそこに喜びがあるわけですね。

それは大人も同じです。私もできていないです。実際に、できている人は少ないです。自分の気持ちを完全に言語化できる人はいないといっても過言ではありません。我々民間のカウンセラーが目指すところは、たぶんここです。自分の本当の気持ちに気付くこと。そしてそれを表現することができるようになること。

自分のことが一番難しいですからね。

 

そういえば、その意味で、この本、めっちゃ良かったです。

「言葉にできる」は武器になる。

「言葉にできる」は武器になる。

 

 

とまあ、かいつまんで書くだけでもこんな感じです。この話を、全編、漫談のようにお話しされました。マジで面白かったです。

どこかで講演会あったら行ってみては。オススメです。

 

追伸:だから、私のこんなブログを読んで、「大人にも自分のことをわかってくれる人がいたんだ!」と言って、不登校の生徒が学校に行くという嬉しいことがあったんですね。なるほど。あ、それ、↓この記事のことです。

自分がやりたいこと。言語化。だいぶ進んだ。

思いついたまま書き散らしてみる。。

 とてもとても個人的な話で恐縮なのですが、私にはどうしてもひとつ、ひっかかっていることがありました。

 起業して2か月がたちました。少ないながらもお仕事をいただいたりしながら、生きながらえていますが、未来を考えると不安になることもあります。会社の収入と今までの手取りが同じじゃ、マイナスですから。もちろん、圧倒的にマイナスなわけですが。

 どう稼ぐか。

 なので、年末年始はどうやってお金を稼ごうかを、わりと真剣に考えていました。それはそれでワクワクする話で。例えば、「新しいカウンセラー養成講座を作って売る」「売れそうな先生を引っ張ってきて売る」といった感じです。もともとの技術とネタがたくさんあるので割と簡単にできそうな気がします。後者に関しては、「やらないといけない」レベルに切迫しているものもあります。

 しかし実際のところは、いくつか目の前にその種はあるのですが、いまひとつ手を付けられないというか、手を付ける気になれなかったのが現状です。そう言えば、だいぶ前から、お金にならないほとんどボランティアみたいなことしかしてないのも現状で。

 「やりたくないんだよな」ということは薄々わかっていました。でもその具体的な奥深い部分のところが言語化できてなかったんです。

 

値付け=セルフイメージ?

 コーチの業界やカウンセラーの業界には「高いお金を自分に設定することが、自分のセルフイメージの高さにつながる」という寓話があります。自分の値段を安く設定してはダメだと口を酸っぱくして言われます。

 自分もそう伝えてきたし、高い値段の講座に通ってもいます。でも、そこが自分にとってジレンマだったんですね。

 だって、自分がやりたいことは、
「もっとたくさんの人が心について学ぶことで、楽に生きてほしい。」
 ってことだから。

 

届けたい人は。

 不謹慎な言い方になるけど、本当に心について学んでほしいのは、例えば、朝ご飯を食べることができずいつも生傷が絶えない小学生や、つらいいじめに悩んでいる中学生や、自分の将来が不安で仕方ない高校生や、頑張っているけど時々不安になる大学生や、上司との人間関係に悩む新入社員や、毎日クレームの電話に悩まされているコールセンターの人や、ADHDだと言われて落ち込む人や、子育てにかかりっきりだけど本当は働きたいお母さんや、病気でもう長くない人、たちと、その周りの人たち。さらにその周りの人たち。

 

思い込みを外す仕事の業界に巣くう「思い込み」

 「高い値段を取らないといけない」と「もっとたくさんの人に楽に生きてほしい」が、自分の中では反対のベクトルに向かうエネルギーだったのです。

 高額のお金を自分に投資できる人だけが楽に生きていける世界なんかに興味はない。借金してでも来いとか、そういうのではない。そういうと世の中のコーチやカウンセラーたちには怒られるかもしれない。でも、もっと価格を落として幅広い人に学んでもらって、自分たちにも喜んでもらった結果として多少の潤いがもたらされるかもしれない。今まで無かったとしても、それが存在しない理由にはならない。サカナも言っていた。「底辺を変えなければ、社会は変わらない」って。(サカナについてはまた記事書いてリンク貼ります。)

 

企業で言えばこんな話

 言ってみれば、ユニクロに文句を言う人ってわりとたくさん多いけど、ユニクロのおかげで、安くて軽くて暖かい服がたくさんの人たちのところに届いたのは事実ですよね。みたいな話かと。

 P&Gが値段を下げるときに、ライバルとの価格競争のことだけを考えるのではなく、社員自身の「ミルクを薄めて使っている家庭に商品を届けたい」という気持ちが大きく影響するという(うる覚えで申し訳ない)エピソード的な話かと。

 

幸せはすでにそこにある。

 むしろ「お金」に関して今信じられていることは逆かなと思っていて。お金は幸せを得るための道具に過ぎないわけだから、自分が幸せである(自分は愛されて生きてきた)ことを受け入れることさえできれば、幸せはそこにあるものだから。「お金なんかはちょっといいのだ~(『大迷惑』byユニコーン

 でもそういったことを「お金の真実」みたいな感じで教えている人たちが、高いお金をとってセミナーしたりしているのも、これもまた事実で。

 

「安くて、実用的で、効果が高くて、心温まる、心の学び」

 を構築する。それが実現できた時、これはイノベーション(と言ってみる)。その後、もっと深い心の学びをしたい人はすればいい。高いお金を払いたい人は払えばいい。そこのご案内もできればいい。

 世界を変えるって、そういうことじゃないかな。ちょっとやってみよう。自分の社団法人の名前が「街に心の栄養を」で良かった。

 ひとりじゃ無理そうなので、助けてください。知恵を貸してください。共感してくれる人は連絡ください。

f:id:YappyHappy:20170108005341j:plain

あとがき

 と、ここまで書いてみて、最後思ったのは、「当たり前じゃん。今まで、自分でそう言ってきたじゃん。」ってことでした。お金に対する不安が自分の目を曇らせていただけでした。

 あと、文章をまったく推敲せずに勢いだけで書いたので、文体が統一できてなかったり、指示語の先があやふやだったり、言い回しがくどいこともあると思いますが、きちんと直したバージョンは「マチココ.com」に載せます。

 

 そして、こんな長い文章に最後までお付き合いいただいたあなた!

 ありがとうございます!

 何かご一緒しましょう!

2016年、まとめ

「誰でもできることを、誰もできないくらいやり続ける」

 この言葉をいただいて、私はこのブログを始めました。というわけで1000文字×100記事を毎日書きました。その時は羽田空港で100円入れて閲覧するPCで「心理カウンセラー ブログ」と検索したら3番目に表示されるくらいまでになりました。

 それから今は月2回くらいしか書いていませんが、いくつかの記事はいまだに検索から読まれています。ありがたい話です。今後はさらに頑張って取り組んでいきます。新しく会社を立ち上げたので別のドメインを取得しました。

「マチココ」http://machi-coco.com/

 カウンセラー的な話は「マチココ」のほうに書いていきます。はてなのほうは日記的に使います。更新していきます。というわけで、昨年をまとめてみます。

 

「昨年読まれた記事を紹介」

 まずはこれ。


 年末年末になると、急に読まれるようになるこの記事。中学生の皆さんは、もっと早くから作文には取り組んだほうが良いですよ。

 「国語 作文」「高校入試国語作文問題」「作文 高校入試」といったキーワードで検索されて読まれています。キーワード作るときに、他の記事では「福岡県の高校入試」という単語をタイトルに入れていましたが、そうなると余計に読まれなくなるということがわかりました。いらんキーワードは入れないようにします。また「テストの点は良いのに」という単語が心にひっかかって、ついクリックしてしまっているのかもしれません。

 

続いてはこれ。

 

と、これ。 

 

  「告白できない」というのは切実なんですね。「中学校 告白出来ない」というキーワードで前後変えたり表現多少変えたりしながら検索されています。昨年の記事ですがめっちゃ読まれていますね。前も書いたんですが、このブログを読んで不登校の生徒が学校に行くようになったという話を聴いて、とても感動しました。

 別記事で「モテたい」の記事もあるんですが、競合が厳しいせいか一切検索されていません。中学生男子は「モテたい」という欲求が、正しくアウトプットされていないんでしょうね。実際子どもなので。「その気持ちは全部モテたいってところに繋がってるんやで~」と教えてあげたいです。

 

最近はこれ。


 自分のfacebookアカウントでシェアしたのもあり、知り合いにかなり読んでもらいました。facebookで繋がってない人たちにまで「ジョイフルの話読んだよ!」と言われる始末で、口コミの拡散力に驚いています。ライターとしての仕事がもらえそうな感じですよ、マジで。たまには体を張った取材記事も大事ですよね。てか、取材じゃねえし。

 

今年もよろしくお願いいたします。

というわけで、今年は色々と文章的にアウトプットする機会が多くなりそうなので、よろしくお願いいたします。マチココ、フォローしてください!当面は、週に4記事は書きます!!!抱負ではなく、具体的な行動を目標にして頑張ります!

万里の長城もひとつの煉瓦から!

 

f:id:YappyHappy:20170103130625j:plain

「カウンセラーは”聞くだけ”」だと言われないための、大きなポイント

 ネットなんかで「カウンセラーは聞くだけ」といった意見を良く目にします。特に教えてgooや知恵袋なんかで「カウンセリング受けてみたいんだけど・・・」の回答のベストアンサーで良く見る気がします。まあ、そうなんだけど、ちょっと残念です。カウンセラー側の力量不足という面もあれば、まずは聴かないと始まらないという面もあります。

 でも、ちょっと気をつけるだけで、ぐっと印象が変わるんですよ。今日はけっこう具体的な話を書きます。親子関係や会社や友人とのコミュニケーションもにも使えるテクニックなので、お悩みの方にはぜひ読んでいただきたいです。

 

 カウンセラーの「は」の話

 カウンセラーが聴く技術を学ぶときに「繰り返し」や「応答」というテクニックを学びます。基本的に、話を聴く際にはクライエントの鏡であることを求められますので、頷いたり、相槌したりがほとんどになります。そのまま言葉を「繰り返し」て伝えることも多いです。実際の事柄や、気持ち、そんなものを「繰り返し」て返答していきます。

 「○○なんですね。」「○○と思われたんですね。」などなど。よく聞きますね、そういう言葉。

 

「は」の使い方。

 よく使う言葉の中で、私が気になるのは「あなたは○○と思われたんですね。」という言葉。個人的にはすっごく違和感があります。でも私もカウンセリングの修行中、良く言われていました(もちろん言ってもいました)。「YAPPYさんにとって○○が重要なことなんですね。なるほど。」的な。

 この「は」って平仮名ひとつの話ですが、実際必要ないと私は思います。「は」という平仮名がひとつ入るだけで「私は、あなたと違う考え方を持っている」という前提があることに気付かれますか?

 「○○と思われたんですね。」「あなた○○と思われたんですね。」という言葉の違い。いかがでしょうか?ぜひ声に出して違いを体感されてみてください。その言葉を言う相手に、共感されている気がしますか?

 あくまで私の意見ですが、相手が話すときに(あなたと私は違う)という前提を入れる必要はないと考えています。意識的に「その考え方は間違ってるよ」と言いたいなら別ですが。(でもカウンセリングの場合では必要ないことだと思います。)

 

伝えるときには、むしろ「は」を使う

 逆に、自分の意見を述べるときに「私こう思うんですよね。」と発言するのは大切だと考えています。「私はあなたに意見を押し付けていません」と伝えることはとても大切なことだと思います。特に「感情」にフォーカスするときには気を付けたいことです。「私にはあなたが悲しいように見えます。」とか「私には悲しい感覚があります。」くらいの言い方が良いかもしれません。

 

無意識の前提が大切

 そんな話を聴く側も意識していない何気ない前提がクライエントに伝わります。その無意識の前提は、コミュニケーションの場面で、常に交換されています。簡単ではない話だと思います。 でも、相手に「共感してもらってないな・・・」と思わせてるって、寂しいですよね。貢献できてない自分に悲しくなるくらいです。

 相手に本当に興味を持って聴いていれば「そう思われるんですね。とても興味深いので、なぜそう思われたのか教えていただけませんか」という姿勢になります。それは、結局、技術の話ではなくて、本当に興味を持って聴くということに他ならないのですが。

 

 そんな話もしました。 


 カウンセラーやコーチの皆さんや、接客業をされている皆さんは、ぜひ言葉の端々の前提を意識してみてはいかがでしょうか。私もそんな細部をもっと自然にこだわれるとより良いカウンセラーになれる気がします。

 

 ちなみに、私が話を聴くときに「あ、違うな」と思ったら、「マジで?なんでなんで?もっと詳しく教えてもらえます?」と言うようにしてます。逆に食いつき良くしてます。というより、私と違う意見を聴かせてもらうためにカウンセリングしてるようなものです。人の話は、常に興味深い(ある意味面白い)ですからね。

 

 言葉の前提というところでは、こんな話もしています。

 

 追記:つーか、あなたと私の意見が違うことなんて、当たり前なのが前提ですから。「いちいち伝えんでもいい。」と、私思います。

 とは言え、一歩外に出ると「それはあなたの意見ですよね」ってマウントしてくる人も多い昨今です。お互いに認め合いながら会話ができたら嬉しいですね。

f:id:YappyHappy:20161220013342p:plain

15の夜

 さてさて、昨晩は大変有意義な夜でした。(注:このブログは15日に書いています。)


 最近、ありがたいことに、特に収入があるわけでもないのですが、終電になることも多くて。昨日もそんな夜でした。

 わりと寒い夜。12時も過ぎたころ。

 駅に着いて車に乗ろうとしたら、鍵が見当たらない。家の鍵と事務所の鍵と車の鍵が一緒になっているので、どうしようもない。鍵はおそらく事務所にあると思うのだが、電車も最終のため取りに戻ることもできない。とりあえず自宅に戻ろうと、駅でタクシーに乗り自宅まで。1470円払い、我が家に到着。しかし。

 

 寒い。そして絶望。

 1時間以上、インターホンと自宅電話を鳴らし続けているのだが、家の中からは物音ひとつしない。寝ている家人に、必死で祈りを捧げるが、もちろん届かない。私の帰りを本来待つべき玄関に明かりが付いているのが余計に切なさを増す。ツイートなどして遊んでいると、あっという間に1時間が経過。明日の朝、黒崎駅に8時に人を迎えに行かねばならないのだが。後6時間しかない。

 

 完璧な防犯対策の我が家。全ての窓をチェックしてみたが一部の隙もない。しかし、家の側に、高さがありそうな脚立を発見。

f:id:YappyHappy:20161215124155j:plain

 これで2階に上がることができれば、状況が改善されるかもしれない。だが、錆びていてぐっと開くことができない。

 微妙に足元も覚束ない中で脚立に登ってはみたものの、

f:id:YappyHappy:20161215123726j:plain

絶妙に届かない。

梯子状態にできれば届くのだが・・・。錆びていて無理。

よその家から見たら、完全に泥棒。しかし、近所の人に通報されることもない。それはそれで大丈夫なのだろうか。多少不安になる。

 

2時間経過。寒い。

2時間、インターホンと電話にプラスして窓を叩く、小石を投げるなど、いろいろと試したが、家人の反応は無い。本当に無事なのだろうかと不安にもなる。

うう、ぶるぶる。そろそろやばくなってきた気がする。

 ツイート仲間がいじってくれる。けっこうリアル。

 

 さすがに身の危険を感じたため、24時間OPENのここではない何処かへ移動しようと考えたのだが、近いところといっても、最寄りのジョイフル(ファミレス)まで徒歩1時間以上。最寄りの資さんうどんまで徒歩1時間半以上。そう、ここは超田舎なのだ。

 コンビニまでは30分くらいかもしれないが、朝までコンビニに立つのは厳しい。しょうがない。行くか。ジョイフルへ。明日、午前中までに提出しないといけない書類があるのだが。仕事はムリだ。

 

 予想以上に遠い。そして、小雨。

 小雨降る中、おっさんがフードかぶって延々歩いている。当然のように、傘は持っていない。タクシー通ったら乗ろうと思うが、タクシーどころか通るのは新聞配達のバイクだけ。しかし、この得も言われぬ高揚感はなんだ。雨は冷たいがだんだん元気が溢れてくるようだ。右手に持つノートパソコンの重さは少しずつ重さを増していく。でも、なんだろうこの幸福感。幸福論。幸福なんです。

 

 1時間15分程歩いたところで、見慣れた風景が。

ジョイフルめっちゃあったかい。

ジョイフル最高の店や。素晴らしいところ。

ドリンクバー込みで、¥390(税込¥422)。安い。幸せはすべてここにある。

 

 3時間ほど、仮眠。

 それにしても、朝方のジョイフル、けっこう人が来る。面白いのが、ほぼ全員常連さんで、注文せずにドリンクバーのところへまっしぐら。店員さんもわかってる感じで、ドリンクをついでいるお客さんに、注文を聞きに行く。これはこれで暗黙のルールなんだろう。

 うとうと仮眠したあと、また、駅へ向かって徒歩。そして電車に乗って、人を迎えに行って、朝勉強会に参加し、朝ごはん食べて、また電車に乗って、書類を提出して、今昼の2時。夜も用事があるので、風呂も入りたいし、寝た方がいいのだが、このブログに1時間くらいかけてしまっている。

 

 僕は何をしているのだろうか。毎日が日曜日。毎日が楽しい。

 

十七歳の地図

十七歳の地図

 

 

追記1:鍵はもちろんありました。セーフセーフ!

追記2:家人から、翌朝電話ありました。むしろ無事だったのかとほっとしましたが「気づかんやったわ~」と一言。めちゃめちゃ大きい音で、家じゅうの音が2時間なり続けたと思うんだけど。逆に心配になる。