カウンセラー的フリーランサーの日記 by やっぴー@中川 康文

(旧名称)「メンタル術×国語メソッド」→塾もカウンセリングからも現在は離れて、創業支援を始めとした様々な事業をしています。

七転八倒しながら、ソフトバンクホークスの試合を見に行った話(子育て編)

ヤフオクドームにソフトバンクホークスの試合を見に行った話。

しかし、子育てはなかなか簡単ではないなと思った。2000字。

 

先日とある大手航空会社さんから本日(4月19日)付けのチケットを2枚貰っていた。19日はたまたま子どもの家庭訪問で、自宅にいることが確定していた僕は子どもを野球に誘った。「ドームに行ったことがある」ということが小学生の世界では大切だと考えたのだ。しかし野球に興味のない息子(小1男子)は冷たい態度だったので、福岡市科学館で開催されている恐竜展をセットで提案したところ快諾を得た。担任が2~3時に来る予定だったので、自宅を15時に出て高速を走り16時に科学館。1時間見て17時半にはヤフオクドームに到着し、18時試合開始、観戦しながら食事を食べ19時には切り上げ、20時には自宅、20時半には就寝という完ぺきなストーリーを予定していた。(小1なので、中川家では20時半には完全消灯を目指しているのだ。)

それが昨日までの話。

 

で、今日。家庭訪問という響きに舞い上がった僕は浮かれて我が子の担任を待った。特筆すべきこともない面談を終えて14時50分。さあ福岡市方面にレッツゴー!と言いたいところだったが、子どもがどうしてもお菓子のラーメンを作りたいと言い出したのだ。これだ。

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「これは時間がかかるやつだ・・・!」と判断した僕は大人げなく子どもを脅しにかかった。久し振りのドームに行きたかったのだ。考えたら新日本プロレスで武藤がムタでメインをはってた頃からドームには行っていなかったのだ。この機会を逃すともう10年行かないかもしれない。「これ作ったら恐竜展には間に合わんけどいいんか?ならもう野球も行かれんよ。」すると泣き出す我が子。おそらく日頃の疲労もあってか、懐かしのイヤイヤ期っぽい号泣に突入する。ラーメン作りたいけど恐竜展にも行きたいという二律背反の中で泣き続ける我が子。「もう行かん!」というのでラーメンを作ることに。16時。

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かなり工数が多く、予想通りまあまあ時間がかかる。ケロッと泣き止んでラーメンを制作し、実食しご満悦な息子。

 

しかし、ここで夫婦の中で「子育て論」について疑義が呈される。「一度約束したことを違えて良いのであろうか。それはこの子の将来に良いのであろうか」と。男たるもの一度約束したことは守らねばならないのではないか。職業カウンセラーの私としては子どもに「べき」を植え付けることにとても抵抗があるのだが、これが彼女との約束だったらどうするのだ。確実に別れの危機だ。君との約束よりラーメンのほうが大事だ。なんて言えるはずもないだろう。親との約束だから破っても良いなんてことはない。珍しくそこに関しては一致したうちの奥さんと「恐竜展は無理だけど、やっぱり野球行こう」と投げかけたところ、号泣のターンが再来。部屋を飛び出して別の部屋で号泣。16時30分。

 

仕事のできる奥さんが話しに行ってくれた。漏れ聞こえる会話を聴くとどうやら野球を見に行くことになりそうだ。しかし姿を見せた息子はまだ泣いている。なんとか励まし、実際に行動に移せたのは17時10分。そこから、ものすごい白煙をまき散らすトラックを追い越しながら高速を走り、ドームについたのは18時20分。もう安い駐車場を探すことも面倒でドームの駐車場に停め2500円払う。引換券をチケットに変え、子どもの分を追加購入。追加で購入するなら外野自由席しかないとのことでそちらへ。18時40分着席。

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久し振りに来たドームは超デカイ。取り急ぎビール。我が子は「ポップコーンが食べたい、むしろ他のものは食べたくない」とのことで購入。それにしても、PCやスマホで疲れた目で外野席から観る野球は、厳しい。日頃、観客の少ないミクニワールドスタジアム北九州J3ギラヴァンツ北九州の試合ばかり見ている僕にとっては、選手の大きさは10分の1くらいに思えた。よそ見している間に銀次のホームランを見逃す始末。ポップコーンを食べ終えた我が子はつまんないオーラを全身から醸し出す。帰るか。19時30分。

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奥さんの運転で都市高に飛び乗り自宅へ向かう。しかし家族で1つのポップコーンしか食べていないので腹は減っている。田舎に住んでいるため、自宅の近くにはもはやジョイフルと言う選択肢しか残されていない。しょうがないジョイフルへ。20時30分。21時20分帰宅。ヘロヘロな息子を歯磨きし、お風呂を諦め、布団に連れていく。明日6時半に起床し子どもを風呂に入れないとなと思いながらも、ブログでも書くかと思い立つ。

 

いろいろ書かねばならない記事が本当に溜まっているので、雑記を書くのもリハビリだと思ってここまで書いた。2000字。師匠には1記事3000字で書くように言われたが、なかなか厳しい数字であることは間違いない。修行せねば。

 

子育てはなかなかに難しい。日々反省ばかりだ。ちなみに恐竜展には別の日程で行くことになってしまった。

 

追伸:「君との約束よりラーメンのほうが大事だ」って言葉。僕は似たセリフを実際に言ったことがあるような気がするので、どうやら親に似たらしいとしか言えない。その節は、誠に申し訳ございませんでした。

 

聴くチカラ・引き出すチカラ

仕事が落ち着いてきたので、ブログに戻ってこようと思います。一年ほとんど更新してなくても、2000PV/月もあります。有難い限りです。もはや塾やカウンセラーとしては働いていないので、感謝をこめてリニューアルしていきたいです。

 

北九州でカウンセリングスキルのセミナー開催

さて、3月31日朝10時半から、北九州のコワーキングスペース秘密基地というところで、「聴くチカラ・引き出すチカラ」という講座をやります。カウンセリングスキルを仕事に活かそう!という内容です。特にフリーで生きるには、コンサルティングスキルは欠かせません。簡単に講座の内容を言ってしまえば、「私が、あなたに、とっても興味があること」を伝える聴き方です。仕事だけでなく、友人や家族とのコミュニケーションにおいても、使えるテクニックだと思います。

いくつか、私が考える「聴く」について書いていきたいと思います。お付き合いください。

 

ビジネスの場面での「聴く」「引き出す」とは

長く営業の観点で多くの人と話をして分かりましたが、人は、自分自身が本当に求めていることに気づいていません。深い決めつけや思い込みの世界に生きています。

例えば、僕は昔、学習塾を運営していました。学習塾の目的は成績を上げること。当たり前ですよね。保護者も生徒にも大きなニーズです。

しかし、塾に来て、僕らと生徒が会話を重ねることで、安心や安全を感じ、そして楽しいという気持ちを持ってもらえたら、家族との会話が増えたり、その生徒自身も自分らしく生きることができるようになると思うのです。その結果、自ら学ぶようになれば、なお良いですよね。

生徒が自ら学ぶようになるためには、自分の中の深いところで腑に落ちる必要があります。それは「成績を上げたい」なんてちっぽけな気持ちでは無いのです。それは自分の夢だったり、家族を大切にしたいという気持ちだったり、誰かに負けたくないという気持ちだったりと様々ですが、そこが腑に落ちると生徒は主体的に学ぶようになるのです。

ここが「引き出す」なんです。ここを「聴く」んです。ここを話すことができるような空間を作るのが、僕の一番の仕事だったのです。もちろんそこまで深く関われたら、生徒は辞めません。成績も上がります。あなたは、仕事の上で、本当に「聴いて」いますか?

 

これからの社会人には「聴く」ことのベースが必要

すごく大雑把な意見になりますが、今の20代と話をしていると他人にそもそも興味が無いんだろうなと感じることも多いです。仕事をするということは誰かと関わることに他なりません。しかし深く「聴く」には、相手への興味を持つことが絶対条件です。相手のことならなんでも知りたいという姿勢こそが、正しい「聴く」姿勢なんです。良くそんな話をしていますが、今まで好きになった人もいない、ということも多くてなかなか難しいです。

 

使えるテクニックもひとつお伝えします。

みなさんは「ミラーリング」という技術を知っていますか?

会話の際に、鏡のように相手の動作に合わせることで、信頼関係を獲得していく手法です。とはいえやりすぎるとわざとらしくなって逆効果の場合も多いのです。

ここでオススメなのは、呼吸のリズムを合わせること。動作は手の動きや体の向きだけではないのです。本当にちょっとした動きを合わせていくだけで、「聴く」のクオリティは上がるのです。ぜひやってみてください。

 

講座は3月31日(土)朝10時半からです。

聴くチカラ・引きだすチカラ~仕事はいつも「聴く」ことから始まる~

↑ Facebookイベントですが。詳しくはこちらから。

 

ちなみに、以前の講座がeラーニングで見れます。メアドの登録だけで、無料です。

www.souseijuku.com

 

前回の講座時には、こんな記事も書きました。

 

yappyhappy.hatenablog.com

 

 

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心理カウンセラーという名称を捨てよう

「心理カウンセラーという名前を捨てよう」と私は思ってます。

 とある資格名でこのブログを運用していたのですが、その資格名を使うのはやめました。さようなら全〇連。

 ついでに心理カウンセラーという名称を使うのも止めようと考えています。私がカウンセラーであることは、疑いようもないのですが「心理」と冠につける必要もないかなと。このブログの更新も久しぶりなんですが、こういうこと書くならここがベストだと思うので、ちょっと書いてみますね。

 

①業界団体はそろそろマジで踏み込むところを考えよう

 このたび、LGBT検定というものができました。こういうやつ。

 まあ、そりゃ炎上するよね、という話です。LGBTの方々が仰る通りです。当団体のHPにも、全〇連が認めるプ(伏字)心理カウンセラーの認定相談機関なら有料で・・・などと香ばしい文章が並んでおり、流石にもう疲れてきたなと思うばかりです。

 基礎中の基礎をセミナーして「検定」という名のもとに集金していく。割と高額。いつのビジネスモデルだよって話で。15年前から何一つ成長できてないだろって。それ、誰の役に立つんだよ。

 これをどこか民間の会社が行うなら、まだしょうがないと思えるのです。「売上作るのに必死なんだろうな」と生温かく見つめることもできるのです。それを、なんで業界団体でやるの?って話です。うちも含めて、その業界団体に所属していたスクールがつぶれまくったことも知っているので経営が厳しいことは重々承知ですが、それはそのスクールの営業努力についての話です。団体のお偉方は、本当にこれで良かったのでしょうか。

 

②個別には素晴らしい方もたくさんいる

 尊敬するカウンセラーにLGBTの方もいらっしゃいますが、そちらの方まで叩かれる始末です。「いや、この人は関係ないだろう」と言ってあげたいですが、昔から全く関係なかったとは言いにくいわけです。でも個別に、今は関係なく素晴らしい活動をされている方もたくさんいらっしゃるのです。元全〇連であることは確かでも、今は袂を分かっているのなら、それで良しとしてあげてほしいのです。

 もし、まだピンクのバッジをつけている方がいらっしゃったら、そろそろ外しても良いのでは、と思うわけです。ここからがいろんな意味で本番だと思います。経営に困ったところを後で責めてもどうしようもないことになります。自己責任でお願いします、とか書くと怒られるのかな。

 もうカウンセラーたちは、自分で立った方がいい。自分で立った後、チームになるほうがいい。

 

③心理カウンセリングとは何を指しているのか

 チームということで、個人的な話になるんですけど、心理カウンセリングとスピリチュアル系の話も少し。先日カウンセラー仲間とイベントしたんです。

 「傾聴」メインでいこうね!ってコンセンサスとってたつもりだったんですが、始まったらいきなりスピリチュアル系全開だったんです。いや、別にスピ系でもいいんですよ。でもじゃあ、その前の話し合いはなんだったの?っていう話なだけで。まあ、スピ系だったら関わってなかったけど。

 その時、「ああ、みんな、ちゃんとした心理カウンセラーになりたくないんだろうな」と悲しく思ったんだけど、「ちゃんとした」って何だろうって考えてしまったんです。「ちゃんとした」の定義は兎も角、私がそれになりたいわけじゃなかったんです。

 私は、もう一歩を踏み出せない誰かに寄り添ったり、背中を押す人であれば良くて、もっと言えばその仕組みを作る人であれば良くて。それは「心理」カウンセラーという名前でなくても、いくらでもできるなと。そこに仕事はめちゃめちゃあるから。

 

おわり

そんなことがいくつか重なって、心理カウンセラーの「心理」という部分を捨てようと思ったのでした。僕は「聴くチカラ」を伝える人で十分です。

 

ちょっと重荷が取れたので、これからは、もっとくだらないことをどんどんブログに書いていこうっと。久しぶりにはてなブログに書いたけど、めっちゃ書きやすくていいな。

 

※いろいろあったけど、赤いパスタめっちゃ美味しかった。こちらの方に作っていただきましたよ。ぜひご一読を。

kikuchikara.hatenablog.com

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なんか未来が良くなると思う、ひとりごと

何かしらメンタルでプロとして飯を食ってる身として、人に自分の意見を押し付けたり、アドバイスしたりすることは、あまり良くないことだと思ってきた。

 

でも、最近、別にそれもいいんじゃないかと思うようになってきた。

 

そのへんは、あくまで手法の問題で、相手と自分を認めることができていないことが、むしろ課題だった。自分を愛することができていないのに、相手を愛することはできないという、今思えば、わりかし当たり前のことを知らなかっただけなのだ。他人のせいにするようでバツが悪いのだけれど、カウンセリングの学校では教えてもらわなかった。そして、もちろん自分に自信があるのかと言われればそうではない。自分を認めているわけでもない。

人のことを愛することはできるようになってきたかもしれない。でも他人に対して自信をもって接したり、他人を認めることができているわけでもない。とりあえず、たぶん、まだ今は。

 

自分の意見を言うことってとても大切だった。

「かもしれない」とか「私は、思う」なんて言葉は、ただの逃げでしかない場合も多くて、自分の立ち位置をはっきり宣言することとは大きく違う。自分の中の「こうあるべきだ!」という部分を、自らが選んだことが認識できてさえいれば、むしろ大きく宣言すべきことだろう。

話がほんのりずれるけど、Facebookで創生塾のイベントをシェアしたときに書いた、『本当は誰かがやったほうがいいけど、行政も民間もできてない部分がたくさんあると思うのです。』ってことはマジだと思ってて。

自分の立ち位置をはっきり宣言すると、その誰も手を付けていないゾーンに対して手を挙げることになるのではないか。誰だって心の奥底では「良くしたい」という思いを持ってる筈だから。

 

例えば僕は「教育を変えたい。そしたらなんか未来が良くなる気がする。うちの息子も幸せに生きれるような気がする。」といったふわっとした宣言だけして生きているのだが、その宣言だけでなんとなくつながりが増えてきたことを実感しているし。

 

ちなみに、そのシェアした『公と私』北九州創生塾の講座はこちら。

 

メンタルの使い方を伝えるプロ

そこにはメンタルのプロである必要なんてほとんどないんだよね。その意味で、カウンセラーとかメンタルトレーナーみたいな言葉はもう必要ないと思ってる。むしろ、メンタルのうまい使い方を伝えるプロ、くらいの立ち位置でいい感覚がある。これなら割と自信ある。中学生で結果を出してきているから。

実際のところ、じっくりオウム返しだけで傾聴するよりも、ぐっと深いところに手を入れたり、ダメなところはダメだと伝えたほうが、僕に話に来た人もその場はキツイかもしれないが、結局のところ本来の自分らしく生きていくような感じがある。(もちろん全ての人にそうするというわけではない。)

お金も貰わずに一回である程度いってしまうと自分のリピート顧客が減るという話もあるが、カウンセリングなんかに常態的にお金使わなくていいと思っているので、たぶん僕はそれでいいのだろう。その人たちと仲間としてチームになっていきたいし、別の仕事を一緒にしていきたいと思う。カウンセラーとして関わってしまうと、その後関われなくなってしまう感覚があって、それはとても悲しいことだったりするし。

 

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(6歳になった息子が撮影した鯉のぼり。もう父より上手だなあ。)

あとがき

というわけで、メンタルのうまい使い方を伝えるプロってことで、【メンタルコンサルタント】って割といい言葉だったなと思う。全心連と経産省が作ったやつ。【メンタルコンサル中川】とでも名乗ろうかな。語呂がいいので。コンビ名みたいだよね。

 

というようなことを、GW中、だらだら考えていたのでこちらのブログを更新してみました。子どもが3日に熱出してから大変だったんですよ~。休日診療病院で5時間かかったりして~(涙)と、誰に言うわけでもなく、言い訳。(了)

セルフカウンセリングと瞑想は似てる

最近元気がでないので、たまにはブログで最近思うことでも書こうと考えたわけです。つらつら思うことを書きますが、愚痴みたいになるかも。

 

1、最近読まれている記事

高校受験も終わり、当ブログに来られる方もぐっと減りました。この記事だけで月1000くらい読まれてましたね。

 2年も前の記事が、めちゃめちゃ検索されて読まれるって、いいですね。このレベルで価値提供続けたら、これで飯が食えるんだろうな~。と思いつつ。

 

2、やりたくないことはやりたくない

最近、メンタル系の仕事が面倒なんですよね。心理カウンセラーとしてあるまじき発言だと思うんですけど、もう面倒なんですよね。人の話ならお金貰わずに聴くし、日々ファシリテーターみたいな感じで会議には参加してますし。

こう、なんというか、メンタル業界のお金至上主義みたいものに辟易してるわけですよ。正確に言うと、お金至上主義ならお金至上主義だと言ってほしいんですよね。受講生さんのためとか、クライエントのためとか言いながら、ほんとはそこじゃないんですよね。そのお金のための講座はもういいから、私はもっとレベルの高い授業をうけたいんですよ。その上級講座感がどんどん続いていくことが私の喜びだったんですよ。

 

そう言うとお金至上主義が嫌いなように聞こえてしまうかもしれませんが、お金大好きな人のことは好きなんですよね。表で言ってることと、裏で言ってることが違うのが好きじゃないんですよね。

 

3、お金払わなくても変わる人は変わる

そもそも「お金を払わないと変わらない」という意見を良く聞くけど、経験上お金払って何回もカウンセリングに来る人より、ちょっと話を聴いたりアドバイスした人が、大活躍するケースのほうが圧倒的に多いですよ。本当にやりたいことがある人は、ちょっとブロック外すだけで変わります。みんなどんどん変わっていきますよ。むしろこちらが取り残されていく感じがしてるくらいです。

なので「お金を払わないと」というのは業界がお金儲けのために言いだしたメンタルブロックだと思うわけです。なので、お金もらわなくてもカウンセリングやコーチングしてもいいと思っております。お金はただの道具ですからね。お金を使って幸せだと思う時代はもう終わりましたよね。

お金が欲しいならカウンセリングの時代ではないとはっきり言えます。もう時代は過ぎたのです。カウンセラー的にご飯を食べたいという若者には、大学にいって公認心理師の資格を取得することをおすすめします。

でも、カウンセリング的なスキルを持つことはとても大切なことだと思います。あなたなの価値は、カウンセリングスキルによって、もっともっと磨かれます。あなた自身の価値を磨くひとつの選択肢として、カウンセリングスキルがあると考えています。となると200万くらいかかるスクールは高すぎるよね。

 

4、できることとできないことがある

私、そこそこ幅広く、浅く広くできる、バランスタイプの人間です。でも、成功している人たちって「何かをやり続けることができる」人たちだなあ、と思ってしまうんですよね。自分はできないなあと。

知識の方向性もそこそこ幅広いので、いろんな人の話を聴くことができます。でも深さではその人に届かないことがほとんどです。何かに集中できる人が心からうらやましい。

塾で働いて、カウンセリングのスクールで働いて、やっとそういうのから自由になった!と思っていたんですが、今も教育関係のディレクションをしています。不思議です。結局、教育関係で生きていくんですかね。人に教えるとか恐れ多いですよね。

 

5、気が付けば目先のやりたいことが無い

でも、これだけいろいろやってるけど、自分が何かしたいのかわからないというのが、本当の問題点ですよね。私、何ができるんでしょうね。「忙しそうですね」とか「ご活躍ですね」とか言われることも多々ありますが、実際全然稼いでおりませんからね。今やってることは、目の前の人の話を聴き続けているだけですよ。ほぼ無料で。

「自分を認めよう」とか人には言いますが、自分自身がどの程度、自分自身を認めているのかわかりません。なんとなく「生きてはいけるだろう」という実感があるだけです。あとは「自分がいなくても、我が子が幸せに生きる(社会がある)」ってことですね。だからそこを作ろうとは本気で思っているわけで。

 

6、セルフカウンセリング

で、自分の考えることをつらつらまとめていくのは、ぶっちゃけ瞑想とか禅とかに繋がる話です。本筋ではない、でも、つい、頭に浮かんでしまうことを書くことで棚卸していく。一度考えてしまうと、脳はそこに囚われなくなる。その中で、どうしても頭に残ってしまうことが今の自分の課題。そこを理解するのがセルフカウンセリングですね。いつもはノートにしてるんだけど、今日はネットの海に投げ込んでみた。目の前に椅子があるような気持ちで、目の前にカウンセラーがいるような気持ちで書いてみた。

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そうして、少し緩んできたところで、

ゆっくり息を吸って、息を長く吐くのだ。

 

明日には、周りを見渡して、自分を受け入れて、勇気を出すことができるはず。

子どもに伝えたい日本語の話

 先日、辞書で有名な金田一一族の孫、金田一秀穂先生の講演会に行ってきました。

杏林大学:外国語学部:学びがわかるインタビュー:金田一秀穂(教授)インタビュー

こちらの先生ですね。このページのTOP画像にいきなり「さしみ=死んだ魚の生肉」って書いてあって、すでに笑いしかないです。

 

講演会はなんと無料。水巻町ったら太っ腹です。福岡県に移住する人に超オススメ。

水巻町ホームページ

 

講演テーマ「子どもに伝えたい日本語」

来ていたのは95%くらいおじい様おばあ様たち。30代が来ないといけない話なんじゃないの?さっき移住は水巻へ、って書いたけど、やっぱり自己責任で(笑)

とはいえ、講演会の内容はめっちゃ面白かった。ほぼほぼ漫談でしたし、今の私たちに共感するところも多かったです。

講演会全体としては、「子どもは子どもらしく好きなことに取り組めばいい」という話。もちろん、そうだすよね。

あんまり書くと怒られるかもしれないので、いくつかキーワード的なところだけを備忘録的に書きます。でも、きっと中学生にも、そのお母さんにも共感してもらえる話です。

 

子どもは敬語を使わないように

「敬語」って、我々大人にも難しいですよね。私、塾で長いこと国語を教えていましたが、自分が正しく使えていると思ったこともないです。

先生が仰ったのは「敬語には、敬語を使う人も上品であることを示す効果がある。」ということ。ただ、言葉を使うことでその人の、言ってみれば社会的位置みたいなものが、評価されていくというのは大切な視点ですよね。それなりの人はそれなりの言葉遣いをしますし、逆もまたしかりです。

子育ての視点から大切なのは「子どもには敬語なんか使わせなくていい。」ということ。5歳くらいの子どもが「お父さん、私にはトミカを買っていただく権利があります。どうぞよろしくお願いいたします。」とか言い出すと、気持ち悪いですよね。

大人は、自分がセレブであることや上品であることを見せたいときに、しっかり敬語を使えばいい。それもブランディングで、その価値観を子どもには押し付けないことが大切ですね。

 

基本的に親

子どもが「本を読まないんです」「勉強しないんです」という話を、実際私もたくさん聞いてきました。でも、本当のところは先生も言われてたんですが、「子どもが本を読まないのは親が読まないから」なんです。(もちろん当時の私には、それを口に出す勇気はありませんでしたが。)

親が楽しそうに読書を続けていたら、子どもは読みたくなるものです。さっと聴くと子どもが悪いみたいに言う親もたくさんいますが、それはあなたの子でしょ?ってことなんですね。

子どもに読ませたかったら、大人が楽しんで読もう!ってこと。そして、子どもに本を与えてほしいということ。本の形をしたものが家の中にあることが大切だそうです。

 

努力は報われない場合もあると知っておく

講演会の中で会場が一番驚いたのは「努力は無駄」だと先生がはっきり仰ったことでした。やりたくないことに対する努力は無駄だということで、好きなことはなるべく早く見つけてほしいというお話でした。でも、好きなことを全うすることができるのは「運が良かったから」だと。それは「努力」とは関係ないことだと。

いや、たぶん、10年後20年後の働き方を考えたとき、それは本当のことです。やりたくないことを、嫌々やって給料が貰えるほど、楽な世の中ではなくなることは間違いありません。

 

言葉は不自由。特に子どもは自分の気持ちをうまく伝えることができない。

「感謝や謝罪の気持ちを伝えるとき、言葉だけだと不十分に思いませんか?」言葉はデジタルなもの、表現できるものを表しています。でも、心の中にある本当のところを、微妙なニュアンスも含めて表現できるすることは難しいです。

さらに子どもはその言葉の絶対量が足りないので、自分の気持ちをうまく表現することができません。本当の気持ちを自分の言葉で表現できないというのは、けっこうイライラする話です。「だから、身体表現に頼ってしまう。」なるほどですね。表現できればそこに喜びがあるわけですね。

それは大人も同じです。私もできていないです。実際に、できている人は少ないです。自分の気持ちを完全に言語化できる人はいないといっても過言ではありません。我々民間のカウンセラーが目指すところは、たぶんここです。自分の本当の気持ちに気付くこと。そしてそれを表現することができるようになること。

自分のことが一番難しいですからね。

 

そういえば、その意味で、この本、めっちゃ良かったです。

「言葉にできる」は武器になる。

「言葉にできる」は武器になる。

 

 

とまあ、かいつまんで書くだけでもこんな感じです。この話を、全編、漫談のようにお話しされました。マジで面白かったです。

どこかで講演会あったら行ってみては。オススメです。

 

追伸:だから、私のこんなブログを読んで、「大人にも自分のことをわかってくれる人がいたんだ!」と言って、不登校の生徒が学校に行くという嬉しいことがあったんですね。なるほど。あ、それ、↓この記事のことです。

自分がやりたいこと。言語化。だいぶ進んだ。

思いついたまま書き散らしてみる。。

 とてもとても個人的な話で恐縮なのですが、私にはどうしてもひとつ、ひっかかっていることがありました。

 起業して2か月がたちました。少ないながらもお仕事をいただいたりしながら、生きながらえていますが、未来を考えると不安になることもあります。会社の収入と今までの手取りが同じじゃ、マイナスですから。もちろん、圧倒的にマイナスなわけですが。

 どう稼ぐか。

 なので、年末年始はどうやってお金を稼ごうかを、わりと真剣に考えていました。それはそれでワクワクする話で。例えば、「新しいカウンセラー養成講座を作って売る」「売れそうな先生を引っ張ってきて売る」といった感じです。もともとの技術とネタがたくさんあるので割と簡単にできそうな気がします。後者に関しては、「やらないといけない」レベルに切迫しているものもあります。

 しかし実際のところは、いくつか目の前にその種はあるのですが、いまひとつ手を付けられないというか、手を付ける気になれなかったのが現状です。そう言えば、だいぶ前から、お金にならないほとんどボランティアみたいなことしかしてないのも現状で。

 「やりたくないんだよな」ということは薄々わかっていました。でもその具体的な奥深い部分のところが言語化できてなかったんです。

 

値付け=セルフイメージ?

 コーチの業界やカウンセラーの業界には「高いお金を自分に設定することが、自分のセルフイメージの高さにつながる」という寓話があります。自分の値段を安く設定してはダメだと口を酸っぱくして言われます。

 自分もそう伝えてきたし、高い値段の講座に通ってもいます。でも、そこが自分にとってジレンマだったんですね。

 だって、自分がやりたいことは、
「もっとたくさんの人が心について学ぶことで、楽に生きてほしい。」
 ってことだから。

 

届けたい人は。

 不謹慎な言い方になるけど、本当に心について学んでほしいのは、例えば、朝ご飯を食べることができずいつも生傷が絶えない小学生や、つらいいじめに悩んでいる中学生や、自分の将来が不安で仕方ない高校生や、頑張っているけど時々不安になる大学生や、上司との人間関係に悩む新入社員や、毎日クレームの電話に悩まされているコールセンターの人や、ADHDだと言われて落ち込む人や、子育てにかかりっきりだけど本当は働きたいお母さんや、病気でもう長くない人、たちと、その周りの人たち。さらにその周りの人たち。

 

思い込みを外す仕事の業界に巣くう「思い込み」

 「高い値段を取らないといけない」と「もっとたくさんの人に楽に生きてほしい」が、自分の中では反対のベクトルに向かうエネルギーだったのです。

 高額のお金を自分に投資できる人だけが楽に生きていける世界なんかに興味はない。借金してでも来いとか、そういうのではない。そういうと世の中のコーチやカウンセラーたちには怒られるかもしれない。でも、もっと価格を落として幅広い人に学んでもらって、自分たちにも喜んでもらった結果として多少の潤いがもたらされるかもしれない。今まで無かったとしても、それが存在しない理由にはならない。サカナも言っていた。「底辺を変えなければ、社会は変わらない」って。(サカナについてはまた記事書いてリンク貼ります。)

 

企業で言えばこんな話

 言ってみれば、ユニクロに文句を言う人ってわりとたくさん多いけど、ユニクロのおかげで、安くて軽くて暖かい服がたくさんの人たちのところに届いたのは事実ですよね。みたいな話かと。

 P&Gが値段を下げるときに、ライバルとの価格競争のことだけを考えるのではなく、社員自身の「ミルクを薄めて使っている家庭に商品を届けたい」という気持ちが大きく影響するという(うる覚えで申し訳ない)エピソード的な話かと。

 

幸せはすでにそこにある。

 むしろ「お金」に関して今信じられていることは逆かなと思っていて。お金は幸せを得るための道具に過ぎないわけだから、自分が幸せである(自分は愛されて生きてきた)ことを受け入れることさえできれば、幸せはそこにあるものだから。「お金なんかはちょっといいのだ~(『大迷惑』byユニコーン

 でもそういったことを「お金の真実」みたいな感じで教えている人たちが、高いお金をとってセミナーしたりしているのも、これもまた事実で。

 

「安くて、実用的で、効果が高くて、心温まる、心の学び」

 を構築する。それが実現できた時、これはイノベーション(と言ってみる)。その後、もっと深い心の学びをしたい人はすればいい。高いお金を払いたい人は払えばいい。そこのご案内もできればいい。

 世界を変えるって、そういうことじゃないかな。ちょっとやってみよう。自分の社団法人の名前が「街に心の栄養を」で良かった。

 ひとりじゃ無理そうなので、助けてください。知恵を貸してください。共感してくれる人は連絡ください。

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あとがき

 と、ここまで書いてみて、最後思ったのは、「当たり前じゃん。今まで、自分でそう言ってきたじゃん。」ってことでした。お金に対する不安が自分の目を曇らせていただけでした。

 あと、文章をまったく推敲せずに勢いだけで書いたので、文体が統一できてなかったり、指示語の先があやふやだったり、言い回しがくどいこともあると思いますが、きちんと直したバージョンは「マチココ.com」に載せます。

 

 そして、こんな長い文章に最後までお付き合いいただいたあなた!

 ありがとうございます!

 何かご一緒しましょう!