自分の棚卸し③ 「やりたいことをやるということ」
前々回からの続いている話です。
一応、完結編です。
第3章 やりたいことをやるということ
少しずつ、自分の本当の気持ちで行動できるようになった私でしたが、そんな私のことを快く思わない人達もいました。私が自分らしく生きようとすると、それを抑えようとする人たちです。でも、その時、私はその人たちから離れることはできませんでした。「気にしてないよ?」みたいな顔を作り、でもやり場のない怒りを抱えていました。「自分はもっと自由に生きたい。でもいろいろなとりまく状況が難しくてできない。本当は自由になりたい!」と思っていました。
そんな時、北九州創生塾というところでのファシリテーター養成講座に参加し、講師の渋谷健氏に「何、言い訳してんの?」と言われ、私は怒りました。会社に帰って椅子を蹴飛ばしました。しかし、考えてみると、その怒りは自分自身へのものでした。「やらない」自分に対しての怒りです。何に言い訳していたのかというと、「怖さ」です。居場所や収入を失うのが怖かったんです。自分が大切にしていた人を失うのが怖く、自分が好きに生きると死ぬかもしれないという勝手な怖さがありました。だから行動しなかったんです。できなかったのではなく。
その怖さの中で、私はどうしたらいいかわからなくなりました。それからしばらくの間、ただ怖さの中にいました。3か月くらい、そこに居続けました。するとある晴れた日、高速道路を走っていたとき、「塾の生徒だけでなく、全ての子ども達を幸せにしたいな~」という気持ちが降ってきました。
私は、「あ、これだ!」と思いました。そして子ども達を幸せにするためには何が必要なのかを、考え始めました。もちろん完全な答えはでていません。とりあえずの今の私の答えです。
子どもが幸せになるために、必要なこと。ひとつは、親がハッピーになること。全ての親が自分らしく生きることができるようになること。そのためには、心理カウンセラーなどの心のプロがたくさん増え、話を聴くことの枠を超えて、心の栄養について伝える人が増えることだと考えました。本当は、愛は空気と同じようにそこに既にあるもので、それに気づくだけでいいんです。私の母親は彼女なりに、私が望んだものとは違っていたにせよ、私を愛していたことには違いないんです。すべての親がそれに気づくことで、もっともっと子どもを愛せるようなるとわかりました。
もうひとつは、親以外の大人とのコミュニケーションがとても大切だということ。みなさんにも経験がありませんか?駄菓子屋のおばちゃんにオマケをもらって嬉しかったこと。お祭りの時に良く知らない近所のおじさんからもらったアイスがとても冷たかったこと。学生時代に通っていたお店の定員さんの笑顔。そんな名前も良く覚えていないような人達とのコミュニケーションが、実は、私たちにとって心の栄養なんです。
もっと心の栄養が街に増えてほしい。だから私は、イベントやお祭りがもっともっとこの北九州という街に増えてほしいと考えています。
だから、「街に心の栄養を満たす」ために、生きていきたいと考えています。心理カウンセリングを学んだ会社は無くなりましたが、仲間は増えました。当たり前のように街に「心の栄養」が増え、当たり前のようにこの街に住む皆が、そこにある愛に気づく。
そんなお手伝いをこれからもやっていきます。